iPS細胞ストック「QHJI01s04株」を使用した臨床研究に関するお知らせ
研究活動
当財団では、iPS細胞ストック事業として、iPS細胞をあらかじめ製造・品質評価した上で保管し、安全性の高いiPS細胞を研究機関・企業に提供しています。
このたび、当財団のiPS細胞ストック「QHJI01s04株」(以下「本株」という。)を用いた臨床研究が慶應義塾大学にて実施され、その成果が論文掲載*¹されました。その臨床研究において、第1例目の移植に用いたiPS細胞由来角膜内皮代替細胞から、がん関連遺伝子データベースに掲載されている中の一つの遺伝子に変異が検出されたことが報告されました。
当財団による本株の出荷段階での試験では、本変異を含めて、がん関連遺伝子データベースに掲載されている遺伝子変異は検出されていません。また、本株由来の分化細胞を臨床研究や治験で使用された全ての配布機関からも、がんが発生したなどといった報告は今まで受けておりません。
現時点では、臨床研究に参加した患者さんにおいて、当該変異による明らかな影響は認められておらず、本株を用いた細胞療法の有効性が実証されつつある状況にあります。
以上の状況を踏まえ、当財団では、本株「QHJI01s04株」については出荷を継続いたします。
当財団では、本株で臨床開発を進めている研究機関等に対して、事案の発生と上記の決定について速やかに説明いたしました。現在までに、各研究機関等からご異論は頂いておりません。
本臨床研究に関して、患者さんのフォローアップや安心のために追加解析等が必要になれば、医療提供機関の慶應義塾大学と連携して対応してまいります。今後も本変異を含むiPS細胞ストック提供後の状況を注視しながら、当財団のiPS細胞ストックで臨床開発を進めている研究機関の皆様への情報共有に努めてまいります。
研究の内容につきましては下記「研究概要」をご確認ください。
研究概要
水疱性角膜症は、角膜内皮細胞の機能不全により生じ、重度の視覚障害を引き起こす可能性のある疾患です。現在、角膜移植が唯一の治療法ですが、ドナー不足、移植細胞の拒絶反応、術後合併症など、多くの課題が残っています。
今回、慶應義塾大学では、当財団で製造した臨床用のヒトiPS細胞ストックから角膜内皮代替細胞を製造し、水疱性角膜症の患者1名に移植する世界で初めての臨床研究を実施しました。
本臨床研究の評価期間(移植後52週)において、視力改善効果および角膜厚改善効果が認められました。また、腫瘍化や強い炎症反応等の安全上の懸念は認められませんでした。
当財団では、慶應義塾大学からの委託を受けて提供された、移植直前の細胞の一部(iPS細胞ストック由来角膜内皮代替細胞)を用いて全ゲノム解析を実施しました。その結果、COSMIC Cancer Gene Census*²掲載遺伝子であるEP300遺伝子*³上に変異を検出しました。
EP300遺伝子はCOSMIC Cancer Gene Censusに遺伝子名が登録されているものの、今回見つかった変異の箇所については登録されていません。
そのため、本変異のがん発生リスクの可能性を検討するため、本変異を持つiPS細胞において発現が変動する遺伝子や分化指向性への影響を調べました。得られたデータを総合的に評価した結果、発がんにつながるような兆候は観察されませんでした。
また、慶應義塾大学では、本変異を持つiPS細胞由来角膜内皮代替細胞を用いた動物試験を行い、細胞の異常増殖が見られないことを確認しています。
*¹ 論文
- 論文名
水疱性角膜症に対するiPS細胞由来角膜内皮代替細胞を用いた臨床研究
A first-in-human clinical study of an allogenic iPSC-derived corneal endothelial cell substitute transplantation for bullous keratopathy
https://doi.org/10.1016/j.xcrm.2024.101847 - ジャーナル名
Cell Reports Medicine - 著者
平山雅敏1, 羽藤晋1,2, 野村真樹3, 外間梨沙1, 平山オサマイブラヒム1, 稲垣絵海1,4, 麻生久美1, 佐矢野智子1,2, 土肥浩美3, 花谷忠昭3, 高須直子3, 岡野栄之4, 根岸一乃1, 榛村重人1,5 - 著者の所属機関
- 慶應義塾大学医学部眼科学教室
- 株式会社セルージョン
- 京都大学iPS細胞研究財団
- 慶應義塾大学医学部生理学教室
- 藤田医科大学 臨床再生医学、藤田医科大学東京先進医療研究センター
*³COSMIC Cancer Gene Census
専門家により選定されたがん関連遺伝子のカタログであり、基礎研究から応用研究まで幅広く使用されている。
*⁴ EP300遺伝子
染色体を構成するヒストンをアセチル化(修飾)する酵素を作り出す遺伝子。修飾された周辺の遺伝子を活性化することで、細胞の恒常的な活動に関与することが知られている。
お問い合わせ先
公益財団法人 京都大学iPS細胞研究財団広報グループ
E-mail:contact*cira-foundation.or.jp
(お手数をおかけしますが、*を@に変えてください)