特定胚(動物性集合胚)を作成する研究の開始について
研究活動
当財団は、2025年7月4日付で、ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律に基づき文部科学大臣に
「特定胚(動物性集合胚)作成届出書」を提出しました。
同法では、届出が受理された日から60日を経過するまでは特定胚を作成してはならないと定められていますが、
届出内容が適当と認めた場合には、この期間を短縮することができます。
このたび、8月8日付で文部科学大臣より実施制限の期間を同日までに短縮する旨の通知を受け、研究を開始
できることとなりました。
研究の背景
当財団では2025年より、患者さんご自身の細胞からiPS細胞を作製し、将来的にその細胞を使って治療に取り組むmy iPSプロジェクトを本格的に進めるため、大阪・中之島に研究開発センターの拠点を移設しました。
「my iPS細胞(自家iPS細胞)」は、拒絶反応のリスクを減らし、より安全な治療を実現できる可能性を持っています。
一方で、患者さん一人ひとりの細胞からiPS細胞を作るには多くの時間とコストがかかり、これが普及への大きな
課題となっていました。
そこでmy iPSプロジェクトでは、iPS細胞の製造から移植用細胞の作製までの工程を機械化・自動化し、効率化を
図ることで、より多くの方が治療を受けられる体制づくりを目指しています。最終的には、患者さん自身の細胞から
作った移植用細胞のみならず、心臓などの臓器を作製し、再生医療に活用することを目標としています。
こうした研究の背景には、世界的に深刻なドナー臓器の不足があります。特に小児患者さんでは、成長や身体の
大きさに適した臓器が必要であり、移植のハードルが非常に高くなっています。実際に、適切なドナーが見つからず、
移植を待てないまま亡くなるケースも少なくありません。
近年では、動物の臓器をヒトに移植する「異種移植」が新たな治療法として注目されています。アメリカでは、
ブタの心臓や腎臓をヒトに移植する試みが行われており、一定の成果が報告されています*¹。
ただし、依然として免疫による拒絶反応の問題が残っており、安全性を確保するための研究が続けられています。
研究概要
my iPSプロジェクトでは、ヒトのiPS細胞をブタの胚に導入して臓器を作る「キメラ技術」を活用し、将来的には小児患者さんにも適したサイズと機能を持つ臓器の供給を目指しています。
今回研究を開始することが可能となった届出では、まず、中国の研究チームが報告した方法*²を参考に、ヒト細胞がブタ胚の中で適切に育つ条件を確認することを目的としています。具体的には、ヒトiPS細胞に特定の遺伝子を導入したり、培養条件を調整したりすることで、ブタ胚との親和性を高め、ヒト細胞の生着率を向上させることを目指しています。これにより、心臓や腎臓などの臓器をブタ体内で作製するための基盤技術として活用されることが期待されます。
塚原 正義 研究開発センター長のコメント
「my iPSプロジェクトとして、こうした研究に取り組むのは、移植を待ちながら命を落とす患者さんを一人でも減らしたいという強い思いからです。特に小児患者さんにとって、成長や体格に合う臓器が得られないことは深刻な問題です。今回の研究は、将来ヒトに適合する臓器を安定的に作製するための第一歩であり、移植医療の新しい選択肢を切り開くことを目指しています。基礎段階から安全性と倫理性を重視しながら、世界の再生医療の発展に貢献していきたいと考えています。」
なお、現時点では、作製した胚をブタの胎内に移植するような実験や、ヒトの胚や卵子を使用する研究は一切行っておりません。今後、必要が生じた場合には、関係法令に基づき、改めて所定の手続きを行う予定です。
参照
*¹ アメリカの異種移植の報告
1件目. 心臓移植(University of Maryland, 2022年1月)
2022年1月7日、Bartley P. Griffith医師らによって、遺伝子改変されたブタの心臓をヒトの末期心不全患者に移植。患者David Bennett Sr.は約60日間生存し、ブタの心臓がヒト生命維持に機能しうることを示しました。
Griffith et al., New England Journal of Medicine, 2022
「Genetically Modified Porcine‑to‑Human Cardiac Xenotransplantation」
2件目. 心臓移植の再試行(University of Maryland, 2023年9月)
2023年9月20日、2例目となるブタ心臓移植が行われた患者(Lawrence Faucette, 58歳)は、一定期間心臓機能が維持されましたが、最終的には拒絶反応により医療を中止。研究チームは免疫管理とウイルス検査などを徹底しています。
3件目. 腎臓移植(NYU Langone / UAB, 脳死患者モデル 2021年以降)
2021年9月25日、NYU Langone Healthでα‑Gal遺伝子ノックアウトのブタ腎臓を脳死ヒトに移植し、即時機能(尿生成やクレアチニン排泄)を確認。約54時間持続し拒絶反応なし。2023年7–9月には、NYUが同様のモデルでさらに32日間機能を維持した腎移植例を報告。これまでで最長の稼働期間となっています。
また、UAB(Alabama 大学)でも2021年9月30日に脳死モデルでブタ腎臓移植を実施し、77時間機能を維持したとの報告があります。
Cooper et al., Xenotransplantation, 2021
「Genetically engineered pig kidney transplantation in a brain‑dead human subject」
*² 中国の研究チームの報告
遺伝子改変により腎臓の発生ができなくなったブタ胚(SIX1/SALL1欠損)に、ヒト由来iPS細胞を導入(胚盤胞補完法)。iPS細胞には抗アポトーシス遺伝子(MYCN, BCL2)を導入し、培養条件も工夫。結果として、胚発生28日目の段階で腎前臓(mesonephros)において50~65%がヒト細胞由来という構造形成に成功。Science Newsなどのサイエンス記事でも、**ヒト細胞が50~60%**を占めるキメラ腎臓胚が成功したと報じられています。
Wang et al., Cell Stem Cell, 2023
「Generation of a humanized mesonephros in pigs from induced pluripotent stem cells via embryo complementation」