お知らせ臨床用HLAゲノム編集iPS細胞ストックの提供開始

2023.06.14
研究活動
HLAゲノム編集iPS細胞ストックコロニー

HLAゲノム編集iPS細胞ストックのコロニー(細胞の集合体)


1. ポイント

  • 臨床用HLA注1)ゲノム編集iPS細胞ストックの提供を6月14日(水)より開始しました。
  • 臨床での使用実績のあるHLAホモiPS細胞ストック注2)を用いて、HLAゲノム編集技術注3)によりHLA遺伝子の一部を欠失させた細胞を作製しました。
  • HLAゲノム編集iPS細胞ストックから作製した分化細胞も、移植した際の免疫拒絶リスクが少なくなることが期待されます。

2. 背景 ~ 臨床用HLAホモiPS細胞ストックについて~

当財団の関連組織である、国立大学法人京都大学iPS細胞研究所(CiRA)では、2013年度より再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト注4)を進めてきました。2020年4月に当財団が活動を開始してからは、当財団がプロジェクトの運営を引き継いでいます。
これまでに、日本人で1~4番目に多いHLA型をホモ接合体注5)で持つ健康なドナーの血液からiPS細胞を製造し、様々な品質試験を行ったのち、2015年8月から臨床用HLAホモiPS細胞ストックとして、アカデミア・企業などへ提供してきました。現在10以上のプロジェクトにおいて臨床試験が行われており、一部ではその有効性が確認されはじめています。


3. 臨床用HLAゲノム編集iPS細胞ストックについて

今回提供を開始したHLAゲノム編集iPS細胞ストックは、既に臨床実績のあるiPS細胞を元に、CRISPR-Cas9ゲノム編集技術注6)を用いて、HLA-A遺伝子、HLA-B遺伝子及び、HLA-Class IIの発現を司るCIITA遺伝子を欠失させた臨床用iPS細胞です。本日、6月14日に再生医療を推進するアカデミア・企業などの方を対象に提供を開始しました。

免疫の主要な分子であるHLA-A、HLA-B、HLA-ClassⅡを欠失させたことにより、本iPS細胞ストック由来の分化細胞(移植用細胞)は、宿主のキラーT細胞注7)やヘルパーT細胞注8)による移植時の免疫拒絶のリスクが少なくなると考えられます。また、HLA-CおよびHLA-E等のNK細胞を抑制することが知られているHLA分子はそのまま残っているため、NK細胞を介した免疫拒絶のリスク減少が期待できます。

一方、本HLAゲノム編集iPS細胞ストックだけでは全ての免疫拒絶反応を回避できない可能性があるため、本ストックを原料とした移植用細胞の免疫反応およびその他の安全性については、今後慎重に検討される必要があります。当財団としては、細胞の提供先となる研究機関や企業によって、研究開発が進められ、臨床用HLAゲノム編集iPS細胞を用いた再生医療の安全性や有効性に関する確認が進むことを期待しています。


4. 臨床用ゲノム編集iPS細胞ストックの提供について                                

下記、当財団のウェブサイトページに詳細を掲載しています。

「HLAゲノム編集iPS細胞ストック」

「iPS細胞ストック使用・提供について」


5. 今後のゲノム編集iPS細胞ストックの製造・提供予定 

今回提供分以外のゲノム編集iPS細胞ストックの製造に関しては、今後関係機関の要望を伺う予定です。



6. 本研究への支援

本研究は、以下機関より支援を受けて実施されました。

日本医療研究開発機構(AMED)
再生医療実現拠点ネットワークプログラム(iPS細胞研究中核拠点)


7. 用語説明

注1)HLA

HLAは、ヒト白血球型抗原(Human Leukocyte Antigen)の略で、ほぼ全ての細胞に存在しているA座(HLA-A)、B座(HLA-B)、C座(HLA-C)を含むClassⅠ(キラーT細胞に抗原を提示する)と、限られた細胞に存在しているDR座(HLA-DR)、DQ座(HLA-DQ)、DP座(HLA-DP)を含むClassⅡ(ヘルパーT細胞に抗原を提示する)に分類されます。ヒトの免疫に関わる重要な分子として働いており、自身の持っている型と異なるHLA型の人から細胞や臓器の移植を受けると、体が「異物」と認識し、免疫拒絶反応が起こります。そのため、細胞や臓器を移植する際にはHLA型をできるだけ合わせることで、免疫拒絶反応を弱めることが重要です。

注2)HLAホモiPS細胞ストック

HLA(ヒト白血球型抗原)型の3座(HLA-A、HLA-B、HLA-DRの3座)をホモ接合体(父方由来と母方由来の遺伝子が同一)で持つ健康なドナーから製造した臨床用iPS細胞です。この臨床用iPS細胞を用いた治療用細胞の移植では、移植時の免疫拒絶反応が起きにくいと考えられます。この臨床用iPS細胞を日本国内でみられるHLA型遺伝子頻度の上位140種からiPS細胞を作製することができれば、日本人の約9割への移植時免疫反応が起きにくい細胞移植が可能と試算されています。

注3)HLAゲノム編集技術

HLAゲノム編集iPS細胞ストックの製造にあたっては、CiRA堀田秋津准教授・金子新教授らが開発した技術を用いて行いました。本技術に関する論文情報は、下記をご参照ください。

Targeted Disruption of HLA Genes via CRISPR-Cas9 Generates iPSCs with Enhanced Immune Compatibility

Generation of hypoimmunogenic induced pluripotent stem cells by CRISPR-Cas9 system and detailed evaluation for clinical application

注4)再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト

健康なドナーからiPS細胞を製造し、あらかじめ様々な品質評価を行った上で、再生医療に使用可能なiPS細胞を保存・提供するプロジェクトです。国立大学法人京都大学iPS細胞研究所(CiRA)が2013年に本格的に開始し、2020年4月、当財団に事業譲渡されています。

注5)HLAホモ接合体

HLAの型は非常に多様であり、あわせて数万通りの組み合わせがあるため、自分と完全に一致するHLA型の人は、数百~数万人に1人の確率でしか存在しないといわれています。父親と母親から同じHLA型を受け継いだ場合、「HLAホモ接合体」と言います。例えばA座について、A1、A2、A3...と数十種類の型がありますが、両親それぞれから2つの同じ型を受け継いだA1A1、A2A2、A3A3のような場合を「HLAホモ接合体」と言い、細胞移植においては、A1A1であればA1A2の人やA1A3の人に移植しても拒絶反応が起こりにくいと考えられます。

(参考: 京都大学iPS細胞研究所 公式ウェブサイト

注6)CRISPR-Cas9ゲノム編集技術

ゲノム編集技術とは、ゲノムの特定標的部位にDNA損傷を誘導することでDNA配列を編集する技術の一つ。CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat)-Cas9というDNA切断酵素と、切断させたい場所へとCas9を誘導するガイドRNAを使うことで、任意の場所のDNAを切断することができる。切断されたDNAが修復する際にゲノムDNAの一部が欠失するため、遺伝子の機能(タンパク質発現)をノックアウトすることができる。

注7)キラーT細胞

免疫においてはたらく細胞の一種。異物及び病的な細胞を傷害して排除する。

注8)ヘルパーT細胞

T細胞の一種。抗原を認識してその情報を他の免疫細胞に伝えることでキラーT細胞を活性化させる。


お問い合わせ先

公益財団法人 京都大学iPS細胞研究財団(iPS財団)
企画推進室 広報グループ
E-mail:contact*cira-foundation.or.jp
(お手数をおかけしますが、*を@に変えてください)